Go for and back to 70's

70年代の若かりし頃に帰る心持ちで先の70を目指す

2017-07-09-Sun-21:47

日曜日は教会へ

聖卓に飾られたお花が夏らしくて爽やかでした。

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毎月第2日曜日は礼拝後に婦人会(今はなぜか女性会と呼んでいる)例会があります。
礼拝後に手作り(今日はそうめん)昼食を頂き、さっと片付けして会が始まります。
当番の人の司会で、讃美歌、お祈り、そして聖書研究。8月はお休みなので2ヶ月分の聖書箇所を読み、解説を読み、牧師のお話し、質問等々。聖書研究が終わったら諸々の話し合い。何年も前からやり方は変わっていない。

盛りだくさんですね〜。朝の説教がどんなお話しだったのか、この頃にはすっかり忘れています(笑)
教会員は遠方の人も多く、教会に何度も足を運べないので、月一礼拝後にミーティングをやることになります。

月一に纏めてお勉強するわけですから(私の場合)頭が破裂しそうです。じっと椅子に座っとくのも辛抱がいりますね〜。会自体はみなさん笑顔の素敵な良い人ばかりなので和気あいあいと、苦痛ではなく、むしろ楽しく進んで行くのですが、終わって帰るとどっと疲れが!!! 

朝からながぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜い。任務を遂行した兵士の気分。

(これも全て神の計画なのか)

教会帰りに電車でジムへ寄って泳いで帰ろうと水着と洗面道具を鞄に入れていたのですが、気持ちがジムの方に向かず、マンション方面に向いたので、せめて少しでも今日の運動はしとこうと歩いて帰りました。


今日の運動

Walk 8.0km ほど



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2017-05-03-Wed-23:18

教会の結婚式

教会員の方の結婚式でした。

式は12時からだったのですが、お茶の用意とか誘導係を頼まれていたので11時前に教会に到着。

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結婚式の雰囲気になっています。プロのカメラマンの方がカメラをセットしていました。

2年前の娘の結婚式を思い出しますが、その時は花嫁の母という立場だったので、朝から自分の着付けとかで忙しく、どういう雰囲気の結婚式だったのかよく憶えていないのですが、その時に出席して下さった教会員の方が、随分雰囲気が違うとおっしゃられていたので、同じ教会の式でも違うように見えるのだなあと妙に感心したのです。今日はご親族の方が多く、娘の時は友達が多くて、それも教会関係の友達が多かったので年代差で違って見えたのかも知れません。

教会の結婚式で思い出すのは
なんたって自分の時でしょう(笑)

1975年4月5日イースター後の最初の土曜日でした。

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日本基督教団屋島教会にて

若いな〜(笑)
この時はまだキリスト教の信者じゃなかったけど教会の方にお世話になりました。お金もない若い二人を迎えてくれて、式を挙げてくれました。おひげの長い野町牧師先生に司式をして頂いた事、会堂が寒かった事「健康な時も病める時も互いに助け合い神が二人を引き離すまで共にいること・・・」を誓った事を思い出します。

この時に教会で求めた口語訳の聖書は今、ダンナさんが熱心に読んでいます。人生とは不思議です。

2017-04-17-Mon-00:26

Happy Easter!

復活祭おめでとうございます!

今年のイースターは家族バラバラでしたね〜。

ちょっぴり寂しい。

いつか家族みんなで孫3人も一緒にイースターをお祝いできる日がくる事を希ってお祈りする事にします。

イースターを象徴する百合の花(私の最も好きな花です)

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イースターリリーは日本原産(沖縄、奄美地方)の鉄砲百合なんです。鉄砲百合は1819年にシーボルトによりイギリスへ渡りヨーロッパのユリ(マドンナリリー)よりも日本の百合の方が好まれイースターリリーとなりました。

ユリの球根の商業生産は最初に1853年にバミューダ島で始まりましたが、ウイルスと線虫の蔓延によって1898 年に壊滅的打撃を受けました。そして、1800年代後半に米国に移り1898年以降日本と米国南部の双方に集中しました。米国は第二次世界大戦中に日本産の球根に依存しないようにするために、球根の新生産地を米国の北西部に確立しました。今日、球根生産の中心地はミシガン州です。


ハレルヤ!


15日の運動

Swim 1.2km
Run 5.2km
Walk 3.2km

16日の運動

Swim 0.8km
Bike 3.2km(タイレル号)
Run 5.3km


2017-04-15-Sat-01:58

熊本地震一年の祈り

日々の忙しさに感けてもはや忘れてしまいそうになる熊本地震ですが、一年が経ちました。

「熊本地震」1年の祈り

「主よ、わたしの祈りを聞いてください。
 この叫びがあなたに届きますように。
 苦難がわたしを襲う日に、
 御顔を隠すことなく、御耳を向け、
 あなたを呼ぶとき、急いで答えてください。」(詩編102:2-3)

全能の神よ。
キリストの受難と復活を覚えるこの時、共に心をあわせて祈り、「熊本地震」により犠牲になられた方々を哀悼します。

主よ、震災の発生から1年が経過しましたが、今なお悲しみと苦しみの中にある、被災された方々の上に、神様の慰めとお守りがありますように。
また復興と救援の活動を続けておられる方々の上に、神様の助けと支えがありますように。

主よ。あなたは悲しむ人を慰め、苦しむ人に力を与えてくださいます。
愛する家族を失った方々に、あなたの豊かな慰めを与えてください。
痛みを負い、希望を失っている方々を、あなたの希望と平安とで満たしてください。
避難を余儀なくされている方々を労り励まし、あなたの手でお支えください。
苦しみの中にある方々の上に、あなたの最善の恵みとお導きをお与えください。

主よ、どうぞ私たちの祈りをお聞きください。
苦難を担われることで、すべての苦しみとつながってくださる十字架のキリストのお名前によって祈ります。
アーメン


祈りの連帯に与りましょう

2017-03-26-Sun-22:50

母の命日

3月26日は私の母の命日

亡くなってから21年経ちました。私は小さい頃から比較的親しい身内の死に何度か直面してるので書き留めておかないと命日も忘れそうなのでメモ替わりに書いておきます。

母が好きだった薄いピンクと黄色の花を買ってきて祈りました。

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21年前のこの日は娘の保育園の卒園式でした。
卒園式には参列したんやったかな。そのまま京都から車で四国へ走りました。
道中の記憶が全くない。
闘病してたから死ぬのは覚悟してたけど、ただただ悲しかった。ワンワン泣いた。父の時は泣かなかったのに母はやはり別格ですね。母が亡くなる1年前に父が召天。母が亡くなって3ヶ月後に親友が突然死という出来事が起こり、しばらく泣いてばかりで立ち直れなかったのを覚えている。


そんな状況の時、立ち直るきっかけを与えてくれたのが、澄んだ川のせせらぎと『アンネの日記』でした。アンネが牢獄の小さな窓から外をみて希望の光を見たことに感動し、散歩中に川面に映った小さな魚を見て「なんて美しいんだろう、生きているって素晴らしい」とそれまでに感じた事のない感動を覚えたとき、普段の生活に戻る事が出来ました。

その後も
パニック障害になったり、いろいろありましたがこうして元気で生かされている事を今日も感謝して

Amen

四旬節第4主日のひとり言でした。
最後までお読み頂きありがとうございます


今日の運動

Walk 6.0km


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