Go for and back to 70's

70年代の若かりし頃に帰る心持ちで先の70を目指す

2016-07-10-Sun-22:57

悲しみは星影と共に

毎日暑いですね!

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涼しい場所に陣取って

どちかというと閉所恐怖症気味の私、映画館は苦手なのですが、私が確か高校生の頃、50年近く前でありますが、観た洋画で忘れられない「映画」があります。

それは「悲しみは星影と共に」

物語りがどんなだったか忘れたのですが、この映画、とにかく涙無しには観られなかったのです。もう、悲しくて悲しくてたまらない映画だったという衝撃的な記憶があるので、今なお、タイトルはしっかり覚えていたのです。

それでネットで検索したらU-tube等で出て来るかもしれないと思い、検索してみました。
生憎、もう映画は見られない様ですが、音楽は聴けました。



そして音楽を聞くとストーリーも少し思い出しました!
イタリア映画でストーリーはだいたいこんな感じです(ネットから引用)

ユーゴの片田舎に若い娘レンカ(G・チャップリン)と盲目の弟ミーシャ(フュデリーコ)が住んでいた。レンカは眼に見える世界がどんなにすばらしいか、くりかえしミーシャに話し、いつか手術をするから、というのだった。その頃ユーゴでもドイツ軍のユダヤ人圧迫が始まっていた。二人はユダヤ人で「彼らの父ラクト人はユダヤ人で、彼らの父ラクトは収容所に送られていた。レンカの恋人イヴァンは森にこもって最後の抵抗を続けるパルチザンだったがドイツ軍が彼らの部隊に報復手段に出たとき、二人はミーシャをつれて、まだ平和だった頃よく遊びに来た保育園に逃げた。数日後ラクトが収容所から脱走してきた。レンカは父を屋根裏部屋にかくした。ラクトの依頼で偽の証明書作りに出かけたイヴァンはドイツ軍に発見され、負傷して帰ってきた。追ってきたドイツ軍の目をイヴァンからそらせるため、とびだしたラクトは銃弾に倒れたが、イヴァンの手当にやってきた医師は、ラクトの死を二人の子供に話すことができず、イヴァンにだけ話した。イヴァンがラクトの死をかくしていたように、レンカもまたイヴァンにかくしていることがあった。姉弟は収容所に送られることになっていたのだ。若いレンカにとって、青春の唯一の甘美な思い出は、保育園でのイヴァンとの淡い恋の数日だけだった。収容所に送られる日レンカはミーシャに目の手術のため病院に行くのだと話した。「もうすぐ、何んでもみえるようになるのよ……」ミーシャの肩を抱きしめ、貨車の中でしゃべり続けるレンカの頬を、涙がとめどなく流れるのだった。

このような悲惨な世界が二度と訪れないように願うばかりです。

私が子供の頃には戦争を身近に感じたものでした。
父は現役軍人やったし、戦死した伯父二人、母は疎開経験ありで子供の頃はよく戦争の話しを聞いたものです。戦後の日本は酷いもので食料はなく、子供たちが栄養失調で「かっけ」等になるのは日常茶飯事、頭に「できもの」が出来たり、とにかく、どこをとっても貧しくて、電化製品は何もなく、水道も引けてなく、それはそれは貧しかったけど、戦争が終わったということで、一筋の光は見えていました。


今日は参議院選挙の投票日でした。先日京都に帰り期日前投票してきました。結果が出た様ですが、投票率が非常に低いのがとても残念です。社会が豊かになると人間は自己利益ばかりを追求するようになるのが悲しいことです。

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二日ぶりに運動しました。
ジムでスイム練習

インターバル50m80s×10
ロング 500m
水中ウォーク 300m
ダウン 200m
合計 1500m


ゆっくりジムのお風呂に浸かってタイレル号で帰宅。


今日の運動

Swim 1.5km
Bike 3.2km(タイレル号)



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